2019年度 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート/イギリス 小倉 史佳
学部
大学院美術研究科
美術学部・大学院美術研究科
年度
2019
氏名/専攻
小倉 史佳/油画
プロフィール
学年 修士課程2回生
留学先 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art)/イギリス
留学先専攻 MA Painting
留学期間 2019年9月~12月
留学行動記録
9月1日 | 渡航 |
9月7日~16日 | フランス・ドイツ旅行 |
~9月22日 | 夏休み期間 |
9月23日 | 授業開始日・レジストリー・専攻内オリエンテーション |
9月30日 | スタジオが使えるようになる |
9月30日〜10月4日 | MA-group(他専攻の学生とともにグループワーク・プレゼンテーション) |
10月8日 | チュートリアル |
10月20日~23日 | Venice/ヴェネツィアへ研修旅行 |
11月12日 | チュートリアル |
11月16日~17日 | Margate/マーゲイト(ターナー賞)・Canterbury/カンタベリーへ旅行 |
11月25日 | Monday Seminar プレゼンテーション |
11月28日 | チュートリアル |
12月9日 | 留学生展搬入・オープニングパーティ |
12月9日~13日 | 留学生展 |
12月10日 | チュートリアル |
12月13日 | 授業終了 |
12月14日~1月12日 | 冬休み期間(クリスマス前の12月20日までの平日は学校に入れる) |
12月27日~12月28日 | Edinburgh/エジンバラへ旅行 |
1月6日 | 帰国 |
授業や制作について
Paintingの授業は主に、特別な授業がある週以外は毎週あるMonday Seminarという合評のような授業と、外部からアーティストを呼ぶこともあるPainting Lectureと、1学期中に3~4回行われるチュートリアル(チューターとの個人面談)から成り立ちます。チュートリアルは,1対1で落ち着いて話せる時間なので、作品のフィードバックをもらい、今後の制作の相談をすることができます。また、RCAでは専攻を超えたプレゼンテーションや批評の場が定期的にあり、京芸でいうテーマ演習のような様々な専攻の人とともにグループワークを行う授業や、お互いの作品を批評する授業などがあります。10月の後半にはヴェネツィアへの研修旅行にも一緒に参加しました。セミナーや講義では批評的、分析的にみることの重要性について繰り返し説かれ、Monday Seminarはチューターが学生を講評する場ではなく学生が作品を分析してみる場として機能しています。Painting Lectureでは時おり外部からアーティストを呼んでアーティストトークをシアター・ルームで行い、その後セミナー・ルームに集まり学生たちとともに椅子を囲んで質問やペインティングに関する討論を行います。そのあとパブへ移動して討論の続きを話すこともあり、本当によく討論をします。
スケジュールはグーグル・カレンダーやメールを通して共有されます。困ったことがあれば国際担当者に相談すれば大体のことは解決できました。授業がないときは自由に時間を使って制作ができます。土日も制作している人がいるなど制作室には常に人がいてみんな精力的に制作をしています。Gorvy Lecture Theatreでほぼ毎週火曜日、水曜日の夕方に行われているアーティストトーク、ケンジントンキャンパスへ参加自由の講義に参加しに行くこともありました。
サックラー・ビルディング内に木工室(Workshop)があり、工具や機械を無料で借りられる他、生のキャンバスと木材を中で買うことができます。約1週間前に予約する必要がありますが、作るときに技術スタッフのMike Athertonさんか他の在中スタッフが手伝ってくれます。木枠を作る以外にも、特殊な加工をしたいときなど、作り方の相談や設計も手伝ってくれます。既成のキャンバスを買うよりも安くキャンバスを作ることができるので、小さいキャンバス以外はここを利用して作りました。Moodleというサイトを通して木工室を予約することができ、木工以外の機材も使うことができます。
私の担当チューターはKyong Hwa Shonさんで、博識でパワフルな先生でした。Kyongとのチュートリアルでは、テーマに関して哲学の面からアドバイスをもらうなど新鮮なことが多かったです。図書館で見られる資料などを教えてくれました。デイヴィッド・ホックニーの作品などを例に挙げながら、絵画の中の時間と空間のアドバイスをもらいました。造形言語の話になり、参考になるだろうとサイ・トゥオンブリーの彫刻の展示とヨーゼフ・ボイスの展示を紹介されました。それと合わせて、メイフェアのギャラリー巡りとピーター・ドイグの個展に同じ制作室の友人と行きました。トゥオンブリーの展示を見ながらイギリス人の友人が、イギリスのクロスワードの文化と造形言語の話をしてくれたのが面白かったです。
水曜日にあるPainting lectureではフィービー・ボズウェルやチューターでもあるアレクサンドリア・スミスなどが講義を行いました。この二人は二人とも黒人の女性で、作品のテーマとして人種やジェンダーを扱っています。セミナーや講義を通して、政治を絵画にどう結びつけるのか,現実/realityか想像/Imaginaryか、作品の社会性と自分自身のこととの関係に悩みながら作品を作っている学生たちの姿を知れたことは自分にとっていいことでした。
Monday Seminarは毎回出席が義務なわけではなく、振り分けられたグループが担当をする回に出席し、発表するときはプレゼンター、見るときはオーディエンスとして参加し、全員に1学期に1回は発表の機会が回ってきます。作品をじっくり見られるいい機会なので、毎回できるだけ参加するようにしていました。進行はその回の担当チューターによって変わることもあるのですが、基本的にはチューターもプレゼンターもあまり話さず、オーディエンスが分析、批評して話します。私は交換留学生なのでいつ参加したいかは選んでいいと言われ、11月の末に発表をしました。一人あたりの時間は20分で、人数が多いため毎週丸一日に及びます。作品は1~2点が推奨されています。私の回では、ジョン・スライスとアレクサンドリア・スミスが担当し、プレゼンターはタイトル、素材、サイズだけを言って質問には答えてはいけない、オーディエンスが話し終えた後、最後にプレゼンターにコメントする時間がもらえるというやり方でした。タイトルの重要性についてセミナーでは繰り返し語られます。チューターによってはプレゼンターが全く喋らないまま終わるときもあります。みんな分析するのが早く、自分がやっていることがすらすらと画面から読み取られました。自分のやっていることを分析され、見つめ直すいい機会になりました。
12月9日から13日の最後の週は留学生展「Exchange」を行い、成果発表をしました。
Kyong Hwaとの最後のチュートリアルでは研究報告としてassessment(評価シート)を提出しフィードバックをもらいました。また、チュートリアルとは別にチューターが展示を見に来て講評をしてくれました。展示のステイトメントの相談にのってくれ、帰ってからの制作に役立つ資料を後日メールで送ってくれるなど、忙しい中で本当に親身に相談にのってくれるチューターで有り難かったです。
現地での生活について
京都と比較すると、寒さは構えていたほど寒くはなかったですが、毎日のように雨が降るのでそれが少し辛かったです。家はNorbury(ノーベリー)というロンドンのかなり南のエリアで、治安は特別良くも悪くもない街ですが特に危ない目には会いませんでした。学校から少し離れているのと、学校の友達のほとんどはバタシーキャンパスの近くに住んでいたので、もし見つかるならその近くに住めると楽でいいと思います。私が住んでいたのは大家さんも住人も全員日本人の日本人フラットで、近所に大小のスーパーもあり住みよかったです。
Paintingはよく飲む専攻で、学生もチューターも何かと理由をつけて近所のパブに集まります。研修旅行では毎晩遅くまで飲んでいて、日本では普段そこまで飲まないので少し疲れました。気を遣って場の空気を読もうとしていると却って消極的だと思われたり、聞き取りに失敗して相手をイライラさせたりなど、コミュニケーションでの苦労は沢山ありました。日本でコミュニケーションの苦労を大きく感じることは普段はそれほどないので、それ自体が新鮮でした。その中でも、お互いの国のアートや社会の話や、「いい絵」の価値観を共有できたことはとてもいいことでした。緊張して暗い顔をしてしまうより、自分が楽しめるようにした方が結果的に周りも楽しいと感じました。特に同じ制作室の人とは仲良くなって、制作しながら話をするのは楽しかったです。また,Paintingの人はほとんどInstagramをやっていて、SNSは作品と一緒に自己紹介が簡単にできるので便利でした。留学前にFacebookとInstagramは用意しておいた方がいいと思いました。名刺は作りましたがInstagramを交換して終わることが多いのでほとんど留学中渡す機会はありませんでした。
選挙は学期末の慌ただしい時期で、そのままクリスマス休みに入ったので深い話はあまり聞くことができず残念でしたが、選挙前はデモに参加していて忙しかったという友人の話を聞いたり、SNSで皮肉っぽい投稿をする友人の様子を見たりすることができました。選挙の結果が出ると一時的にポンドが高くなり、お金の面で少し困りました。新歓パーティをきっかけにRCA在学中・近年卒業した日本人の集まりに参加して、そこで知り合った人からさらに知り合いを紹介してもらうなどして、現地で活動しているアーティストたちや他分野で仕事をしている人たちと知り合い、ロンドンの情報を色々と教えてもらいました。パブで日本の政治のことを議論したり、他分野の専門家の話が聞けたり、刺激的なことが多かったです。
語学について
ロンドンという街は本当に多国籍で、話す発音も様々で、聞き取りやすい人、聞き取りにくい人がいて、やはり聞き取りにくい人とコミュニケーションを取るのは難しかったです。授業では既に理解していること、例えば絵画史や絵に関することは、英語でもすぐ理解することができましたが、新しく知ること、例えば脱植民地(Decoloniality)のことなど、その場で理解することが難しく感じることもありました。ボイスレコーダーで録音して何度も聞いたり、授業の中で良く使われる表現や単語をインプットしたり、努力をしました。相手に質問することができても、自分の意見を求められたときに咄嗟にうまく答えられずがっかりさせてしまうこともあり、自分で話す力をもっとつける必要を感じました。必死に喋るしかない、という場面も多く、懸命にしゃべればちゃんと話しを聞いてもらえました。助けてくれる友人やTutorに恵まれ、本当に助かりました。絵画という共通言語にも大いに助けられました。苦労も多かったですが一緒に展示をみに出かけたり、ホームパーティーに呼んでもらえたり、交流を楽しむことができました。ただ、ディスカッションについて行こうと思うなら、もっと高い語学力が必要だったと思います。
留学を終えての感想
Paintingに留学ができて本当に良かったと思いました。Paintingはクラシックなメディアで、その中でコンテンポラリーとは、伝統とは、自分自身とは、社会とは、と考えながら作品を作り続けている人がいるというのは自分にとって大きな勇気になりました。半分以上が留学生で、国籍や年齢や経歴は本当に様々で、そのため自然と、学生の作品はバラエティに富み制作室を見て回るだけで美術館を見ているような充実感があります。世界一の美大で自分を試そうとギラギラしている学生も多く、ギラギラしつつも雰囲気は明るくお互いを助け合ったりプロモーションや情報交換を協力しあったり積極的です。
アカデミックな作品というのは時代や環境によって異なり、RCAでは自分自身の政治観と絵画史の文脈をうまく接続することが優等生的作品だと言えるのかもしれません。チューターは冗談を言ったりパブで学生と一緒に楽しんだり、面白く、親身で優しい人が多いです。指導でよく言われるのは、自分自身の信じることを信じること、タイトルや主題の重要性、批評して分析して見ること、文章を書くことの大切さです。学生たちは自分自身の生まれ育った環境、アイデンティティ,感情(emotion)や親和性(intimacy)、自分自身の感覚を信じて作品を作っています。作品を繰り返し説明する中で、ごく個人的なことを作品化する難しさは改めて感じました。ですが哲学など他分野との接続に関して意見がもらえるなど、新鮮なことが多くありました。交流の中で意見交換し、コミュニケーションの葛藤も経験する中で、自分自身を振り返り、必死に作り、喋るしかない状況の中で作品を更新することができ、作品の言語化も進みました。
制作をしていて、何を描いているのか、なぜPaintingなのかなどと聞かれることがまずありません。何を描いているのかは見る側が勝手に読み取っていい部分で、何故それが大切なのか、何故それが関わっているのか、何故で分解した先に主題があると改めて感じました。異なる文化圏、価値観、異なる世代の人に作品を説明するときに、自分の中で当たり前になってしまっていることを改めて説明する必要が出てきます。自分で曖昧なままにしてしまっていることに改めて気づくいい機会になりました。日本のことに詳しい人も多く、特に漫画やアニメや映画からの影響を重要に考えている人が多くいました。
また、豊富な資料、大きな美術館をいつでもみることができる環境の中で制作できるのはやはりうらやましいと感じました。ロンドンでは、イギリス人の作家だけでなく、古くはドイツのハンス・ホルベイン、ベルギーのヴァン・ダイク、新しくはポルトガル人のポーラ・レゴなど、力のある作家の国際的な影響が英国の絵画というものを作っています。現代でも、留学生たちはロンドンという街に面白い絵画を作ることができるという期待をして集まって来ています。そのような活気の中で制作することができ、貴重な体験をさせて頂けたと感謝しております。