2025年度 韓国芸術総合学校(K-Arts)/韓国 吉野 綾
学部
美術学部
年度
2025
氏名/専攻
吉野 綾/大学院美術研究科デザイン専攻(総合デザイン)
プロフィール
学年 大学院美術研究科デザイン専攻(総合デザイン)修士1回生
留学先 韓国芸術総合学校(K-Arts)/ 韓国
留学先専攻 Design
留学期間 2025年9月~12月






留学行動記録
| 8月28日 | 日本出国 |
| 8月29日 | オリエンテーション |
| 9月1日 | 留学生パーティ |
| 9月4日 | ARCカードの書類を大学に提出 |
| 9月5日 | 授業開始 |
| 9月12日 | ARCカードの指紋スキャンのため移民局へ |
| 10月2日 | ARCカードが大学に届く、国民健康保険の支払い所が家に届く |
| 10月3-9日 | チュソク休み |
| 11月14日 | フィールドトリップ |
| 12月12日 | 最終テスト、フェアウェルパーティ |
| 12月22日 | アパートを引き払う、帰国 |
授業や制作について
院生はとにかく取れる授業が少なく修授業もなかった。事前にシラバスを見て確認していた授業は、ほとんど学部生のもので、院生はその授業を取るのにも、個人で教授に聴講を申し出る必要があった。また学部生の授業の中でも英語で問題ないとシラバスには書かれていても実際は、教授が韓国語しか理解してもらえないということが多々あった。
またいわゆるゼミのようなものもないので、正直かなり放置されていると感じた。デザイン学科に配属されたが、デザイン学科の教室がどこにあるかさえも案内されず、デザイン学科の教授にも一度も会えなかった。しかし受講したクラスの講師である先生には良くしていただいた。 授業の進め方については、日本とあまり変わりはなく、最初のクラスでスケジュールが配られ、最終テストやレポートの説明を受けた。授業は4回欠席すると落第になる。英語で受けられる留学生用の授業と、韓国人生徒に混じって受ける通常の授業があった。
語学について
渡韓前からDuolingoで韓国語学習を進めていたので、ハングルは読める状態で渡航した。授業やオリエンテーションは全て英語で進むので、英語は必須と言える。留学生同士も英語で会話するので、英語が話せれば学校では問題が無かった。
韓国語の授業は、初級と中級の二つがあった。しかし中級は既に上級のような授業内容で、ディベートなどを韓国語でできる人向けで、初級のクラスはハングルを習うところからだった。また知人とLanguage Exchangeを週に1回しており、これが韓国語学習に非常に役立ってた。日本語と韓国語は似ている単語が多い。しかし日本語にない音がたくさんあり、日本人にとって韓国語はとにかく発音が難しいと感じた。韓国には日本語を話す人が多いので、Language Exchangeをお勧めする。
現地での暮らしについて
住居について
まず初めに寮に住むことを考えた。しかし大学の公式サイトからは寮があるという情報だけで、写真が全く見つからない。リサーチを続けるうちに、生徒が書いたであろう寮についての記事を見つけたが、厳しい環境のようだったので、寮に住むことを諦めた。
その後、ドイツ留学時代に出会った韓国人の友人のツテでソウルの合井駅付近にマンションの空部屋を持っている方を紹介してもらい、借りられることになった。ソウルの家賃は高く、ソウルに住む一番の難関は部屋を探すことだと言われているので、運良く良い部屋が見つかり幸運だった。
後日、寮が改修中なのでアパートメントを紹介しますとK-Artsから告げられたので来年以降の留学生も心配することはないと思う。しかし学校の紹介するアパートメントは学校から非常に遠かったので、それは少し気になるところである。
コシウォンという非常に狭いワンルームを借りてしまった他の留学生が渡韓後に引っ越すための部屋探しに苦労していたので、気を付けてほしい。
食について
大学のカフェテリアでは、学食が食べられる。メニューは毎日変わるらしく、美味しく健康にも良さそうなメニューだと思った。価格は400円程度であった。スーパーもたくさんあるので、食材を買って自炊することもできる。渡韓する前には、韓国料理は全て辛いと思っていた。私は辛いものを一切食べることができないので不安だったが、韓国料理にも辛くないものもあり、外食も自炊も楽しめた。
治安について
非常に良く、日本より良いと言える。
留学を終えての感想
大学の中で過ごす時間は、京芸に比べて少なかったが、その分ソーシャルライフは非常に充実していた。沢山の韓国人やアメリカ、ヨーロッパ出身の友人ができた。特に自分のリサーチしている活版印刷分野の韓国人の友人たちには良くしてもらい、毎週食事に連れていってもらいローカルフードを堪能できた。韓国の唯一の活字鋳造所にも行くことができ、80代の職人から話を聞くこともできたのも思い出深い。
また韓国の本は出版数が少ないため、日本比べてすぐに売り切れてしまうのだが、国内ではまだ古本として取引されている。知人に絶版本を探してもらい、研究に役立つ資料を集めることができた。
ソウルだけではなく、坡州、天安、全州、清州、公州、安東などの地方に行けたことも大きい。特に安東には、古くからの韓屋村が未だに存在する。ソウルからも釜山からも遠いので、この機会に行けたことは非常に幸運であった。 韓国は金属活字を作り出した国であり、活版印刷の歴史は非常に古く、様々な場所に活字を所蔵する博物館などがある。一方で、一般の韓国人の中での活版印刷の知名度は日本より低いと感じた。新しいものが ”良いもの”とされる社会の中では、活字のような古い技術は重要視されないのかもしれない。しかしそのような社会の中でも、活版印刷を残そうと日々努力している職人や、印刷所、鋳造所、博物館で働いている人々がいることは、本当に素晴らしいことである。グーテンベルク以前にさえ、素晴らしい活字鋳造技術があったにも関わらず日本人がそれを破壊した歴史を考えれば、日本人としては心の痛むことである。しかし今回4ヶ月をかけてじっくりと韓国の活版印刷と向き合えたことは、自分にとって非常に良い経験となった。
